杉本博司 ロスト・ヒューマン

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会場:東京都写真美術館(東京都目黒区三田1-13-3恵比寿ガーデンプレイス内)
会期:2016年9月3日〜2016年11月13日
時間:10:00-18:00(木・金曜は20:00まで)
休館:月曜
入場料:一般 1000円

東京都写真美術館はリニューアル・オープン/総合開館20周年記念として「杉本博司ロスト・ヒューマン」展を開催します。杉本博司は1970年代からニューヨークを拠点とし、〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉などの大型カメラを用いた精緻な写真表現で国際的に高い評価を得ているアーティストです。近年は歴史をテーマにした論考に基づく展覧会や、国内外の建築作品を手がけるなど、現代美術や建築、デザイン界等にも多大な影響を与えています。
本展覧会では人類と文明の終焉という壮大なテーマを掲げ、世界初発表となる新シリーズ<廃墟劇場>に加え、本邦初公開<今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない>、新インスタレーション<仏の海>の3シリーズを2フロアに渡って展示し、作家の世界観、歴史観に迫ります。
展覧会はまず、文明が終わる33のシナリオから始まります。「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」という杉本自身のテキストを携え、≪理想主義者≫≪比較宗教学者≫≪宇宙物理学者≫などの遺物と化した歴史や文明についてのインスタレーションを巡り歩きます。これは2014年パレ・ド・トーキョー(パリ)で発表し、好評を博した展覧会を東京ヴァージョンとして新たに制作したもので、自身の作品や蒐集した古美術、化石、書籍、歴史的資料等から構成されます。物語は空想めいていて、時に滑稽ですらあります。しかし、展示物の背負った歴史や背景に気づいた時、私たちがつくりあげてきた文明や認識、現代社会を再考せざるを得なくなるでしょう。
そして、本展覧会で世界初公開となる写真作品<廃墟劇場>を発表します。これは1970年代から制作している<劇場>が発展した新シリーズです。経済のダメージ、映画鑑賞環境の激変などから廃墟と化したアメリカ各地の劇場で、作家自らスクリーンを張り直して映画を投影し、上映一本分の光量で長時間露光した作品です。8×10大型カメラと精度の高いプリント技術によって、朽ち果てていく華やかな室内装飾の隅々までが目前に迫り、この空間が経てきた歴史が密度の高い静謐な時となって甦ります。鮮烈なまでに白く輝くスクリーンは、実は無数の物語の集積であり、写真は時間と光による記録物であるということを改めて気づかせてくれるこれらの作品によって、私たちの意識は文明や歴史の枠組みを超え、時間という概念そのものへと導かれます。その考察は、シリーズ<仏の海>でさらなる深みへ、浄土の世界へと到達します。<仏の海>は10年以上にわたり作家が取り組んできた、京都 蓮華王院本堂(通称、三十三間堂)の千手観音を撮影した作品です。平安末期、末法と呼ばれた時代に建立された仏の姿が、時を超えていま、新インスタレーションとなって甦ります。
人類と文明が遺物となってしまわないために、その行方について、杉本博司の最新作と共に再考する貴重な機会です。ぜひご高覧ください。

東京都写真美術館https://topmuseum.jp

リニューアル後の写美に初訪問。今は写美と言わずTOPミュージアムというらしい。大好きな杉本博司エキシビション
3階展示室は「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」というシリーズ。様々な職業を設定し、その人が書いたと見立てたエッセイとともにアートワークが配されている。その職業設定が陳腐で私は面白くないと感じた。ただ、杉本が設定した職業人が書いたと見立てたエッセイは、建築家=磯崎新、コメディアン=加藤浩次にように、本当にその職業の場合もあれば、そうでない人の代筆であることもあってその人選がすごく面白かった。そうでない例として、安楽死協会会長=渋谷慶一郎、宇宙物理学者=原研哉国土交通省都市計画担当者=南條史生、カーディーラー増田宗昭(CCC)などなど。
2階展示室は、自選の映画を投影してカメラのシャッターを開放してその光量だけで劇場を撮影する大好きな「劇場」シリーズの新作「廃墟劇場」。これ本当に廃墟なのかという美しさ。そして作品の足元には、黒澤明羅生門」や、ルキノ・ヴィスコンティ「異邦人」などそこで撮影時に上映した映画の一節のテキストが置かれており、それを読んでいるとまた廃墟の像と重なりあってジワジワと不思議な感情がこみ上げてくる。
もうひとつ作品の「仏の海」は、三十三間堂の千手観音を早朝の自然光のみで撮影した大判作品と、光学五輪塔という光学ガラスで製作した五輪塔。この五輪塔のような趣味的というか自己満足的こだわりは大好きだ。