丹下健三逝去

『日本の建築界をリードし、「世界の丹下」と評価された文化勲章受章者の建築家、丹下健三(たんげ・けんぞう)さんが、22日午前2時8分、心不全のため東京都港区内の自宅で亡くなった。91歳だった。告別式は25日正午、文京区関口3の16の15東京カテドラル聖マリア大聖堂。喪主は妻、孝子さん。1913年、大阪府生まれ。中学まで愛媛県今治市で過ごし、38年に東大工学部建築科を卒業。前川国男建築事務所に勤めた後、東大に戻り、助教授を経て64年に教授となった。都市計画を専門とし、機能性と美の融合を図る近代建築を推進。広島市平和記念公園(49年)のコンペで1等に選ばれて注目され、東京都庁第1庁舎(57年)や東京オリンピックの代々木・国立屋内総合競技場(64年)などの設計で世界的な評価を得た。大阪万博の会場構成(70年)のほか、海外での仕事も多く、ユーゴスラビア、イタリア、中東などの都市計画、復興計画を手がけた。日本建築学会賞(54、55、58年)や英王室建築家協会のロイヤル金賞(65年)など内外の賞を多数受賞。74年に東大を退官して名誉教授になり、79年に文化功労者、80年に文化勲章を受章した。以後は東京都の新庁舎(91年)、フジサンケイグループ本社ビル(97年)、東京ドームホテル(2000年)などの仕事がある。著書に「東京計画1960」「建築と都市」「一本の鉛筆から」など。』
まさに巨星逝く、ですね。。。良い意味でも悪い意味でも偉大な建築家でした。ほんとうに物理的にニッポンを造った人ですね。このニュースが世界に与える衝撃は計りしれませんね。冥福をお祈りします。